2025年8月25日
吉田寮自治会
2025年8月25日、吉田寮現棟・寮食堂明渡請求訴訟において、国立大学法人京都大学(原告)と吉田寮生(被告)との間で「和解」が成立しました。
吉田寮自治会は京大執行部に対して、歴代の確約と本和解の趣旨に基づいて、吉田寮自治会が現棟を含む全ての建物を引き続き自主管理・自治運営することを認めること、吉田寮自治会など当事者との話し合いを速やかに再開すること、および吉田寮現棟耐震工事については建築的・歴史的価値を尊重する耐震改修を速やかに実施するとともに、その検討状況についても速やかに公開すること、を強く求めます。
1、和解の内容と、私たちが和解を選択した理由
国立大学法人京都大学(以下京大当局)との間で結ばれた和解の大まかな内容は以下の通りです。
1、京大当局が速やかに吉田寮現棟の耐震工事を行い、遅くとも5年以内に工事を完了することに努める。そのために被告寮生が2026年3月31日を期限として現棟から一時的に退去する。現寮生の被告は、おおむね現在と同条件で耐震工事後の吉田寮現棟に再入居できる。 2、2015年に大規模補修が完了している吉田寮食堂は、現棟耐震工事の対象に含めない。また明け渡しに伴って居住を目的とした占有はしない。ただし、イベント開催など居住以外の使用は禁止されない。 |
和解では、吉田寮現棟(以下現棟)の耐震工事の内容や今後の吉田寮の運営については何ら新たなことは定められておらず、継続的な協議が必要です。また被告の中でも入寮時期や学籍区分による差別化が行われたことなど、十分とは言えない部分もあります。そのような不確実性を残す中での現棟の明け渡しは苦渋の選択ではありますが、私たちは以下に述べる観点から「和解」を決断しました。
私たちは、吉田寮の意義は主に以下2点にあると考えます1 。
A、経済的困難をはじめ、あらゆる切実な事情を持つ学生のための福利厚生施設
B、豊かな自治が行われ多様な人々が集い交わる場
「A」については、万人が持つ「教育を受ける権利」を保障するものであり、京都大学においても決して軽視してはならないものです。
また「B」については、京都大学が基本理念2に掲げる「地域や社会に対して開かれた大学」という趣旨に明らかに通じるものです。
私たちは、「A」の観点から、かねてより現棟の耐震補修を求めてきました3が、京大当局が拒否する状態が続いてきました。そのような状況にあって、この和解のなかで京大当局が速やかに現棟の老朽化対策を実行することが確認できたため、福利厚生施設である現棟の一刻も早い老朽化対策と全面的な利用の再開を実現するべく、和解に至りました。現棟には120もの居室がありますが、現在は京大当局が起こした裁判によりその大半に居住できません4。物価高騰・学費の高騰などにより低廉な費用で暮らすことができる学生寮を切実に必要とする人はこれまでにも増して多くなっており、実際吉田寮への入寮希望者も年々増加しています。そうしたなか、裁判を早期に終結させ、現棟の耐震性を向上させ、京都大学の福利厚生施設としての機能の回復をはかる必要があると考えました。
また、「B」を体現しつづける上で、吉田寮食堂(以下食堂)の果たしてきた役割は重要です。食堂では、学生・寮生に限らず国内外の様々な人々・団体が文化活動を営んできました。2015年に大規模補修が完了している食堂は、耐震性には何ら問題ありません。にもかかわらず明け渡し請求の対象とされてきたことは極めて遺憾です。和解協議では、現棟の耐震工事に際して食堂は工事の対象とせず存置すること、イベント等の食堂使用を継続できることが確認されたことから、和解を受け入れるに至りました。私たちは今後も食堂を中心に、多様な人々が交錯する開かれた場を、寮生や京大生のみならず、寮に関わりを持つ全ての人とともに自主管理し続けます。
そして何より私たちは、吉田寮の在り方について、裁判所の判決という一方的な決定に委ねるべきではないと考えました。私たちはこれまでも「当事者間の対話による合意形成を志向する」という考えから、京大当局に対し訴訟の取り下げと話し合いの再開、そしてこれまで団体交渉で結んできた確約を尊重することを要求してきました。
その上で、和解は判決に比べれば、私たちが決定に関わり、その結果に責任を持つことができると考えたため、和解を選択しました。
2、和解の意味-対話の再開に向けた第一歩
吉田寮は自治寮です。吉田寮現棟および新棟に住む全寮生が構成する吉田寮自治会が、自主管理・自治運営を担っています。吉田寮にまつわる全ての重大な事柄について、京大当局と対等に話し合って合意形成するために、京大当局との団体交渉の場で確約書5を結ぶという方法を続けてきました。それは京大当局も認めてきたことでした6。
実際に、2012年には京大当局と寮自治会および食堂を使用する当事者たちによる団体交渉によって確約7が結ばれ、食堂の大規模補修と新棟の建設が実現しました。
しかし、2017年12月19日に京大当局は、現棟の老朽化を理由に、現棟・食堂・新棟の全ての建物からの全寮生の退去を突如一方的に通告し、話し合いによる問題解決を拒否して、2019年に寮生を被告とする明け渡し請求訴訟を起こしました。これは上記の確約を一方的に破棄し、従来の建設的な議論の回路を閉ざすものであり、以降6年半におよぶ不毛な裁判が幕を開けました。私たちは、根本的かつ迅速な安全確保のためには、現棟の老朽化対策に向けた話し合いを再開することこそが必要だと訴え、訴訟の取り下げを求めてきましたが、残念ながら京大当局が法的措置という方針を改めることはありませんでした。
しかしながら、今回実際に、和解協議を通じた双方の意見のすり合わせと譲歩により一定の合意が成立し、現棟耐震工事が実現することとなりました。京大当局はこれまで「寮生との話し合いは建設的でない」と対話を拒否し、法的措置を押し進めてきましたが、結果を見れば、膨大な時間と予算を費やしながら、肝心の現棟の老朽化対策を遅延させる愚行であったと言わざるを得ません8。現場の当事者を無視した政策は不当であるばかりか、かえって問題を複雑化させ解決を遠ざけるということが6年半をかけて証明されたのです。
今回の和解は、京大当局による法的措置のように当事者の意志や権利を無視して強引に事を進めようとするのではなく、当事者との対話により建設的な議論を進めていく民主的プロセスに立ち返る第一歩であると捉えています。「安全確保」という論点がなくなった今、京大当局が対話を強硬に拒む根拠はもはやないはずです。今こそ京大当局は2015年以降の「団体交渉を拒否する」という方針を見直し、現棟耐震工事や今後の寮運営の在り方について、寮自治会との話し合いのテーブルに着くべきです。
京大当局が寮自治会との対話を再開することは、京都大学を含むこの社会の未来に大いに資することだと考えます。京都大学はその基本理念において「地球社会の調和ある共存に貢献する」という社会的使命を持つ教育研究機関として、「学問の自由な発展」を掲げ、対話と自治の重要性を打ち出しています。学問の自由は大学の自治に根ざし、大学の自治は、闊達な対話に立脚するものであるはずです。
そして、吉田寮は京都大学の自治空間のひとつであり、寮生を中心とした当事者が主体的に試行錯誤をしながら、対話による運営を続けてきました。京大当局と吉田寮とは、決して対立するものではなく、むしろ同じ方向を向いて、対話によってともにより良い未来を築くことが可能な関係にあるのです。
3、現棟耐震工事について
さて、和解では、現棟の耐震工事の内容を具体的に定めておらず、訴外で決めることとされています。
残念ながら2015年以降、京大当局は開かれた場での話し合いを拒否しています。しかし現棟の耐震工事を行う上で、より良い福利厚生のあり方を模索するのであれば、今まで現棟での寮運営を担い、今後も担っていく寮自治会と話し合うことが不可欠です。
私たちは、迅速な耐震工事により福利厚生機能の縮減を最低限に抑えるために、現棟の全面的な建て替えではなく、大規模補修・改修を京大当局に提案してきました。2018年7月には具体的な改修案を提示しています9。
また京大当局自身も、これまで現棟の補修・改修の意義を認めてきました。2012年には、速やかに耐震性を回復する方法として補修の有効性を認め、現棟の建築的意義を尊重した補修に向けて継続協議していくという確約10を交わし、2015年までは具体的な補修案についての話し合いが行われていました。また、2019年以降現在に至るまで京大当局が公表している文書「吉田寮の今後のあり方について」11でも、今後現棟を学生寄宿舎として再整備すること、それにあたり「現棟の建築物としての歴史的経緯に配慮する」ことが表明されています。
和解では耐震工事について、補修工事ではなく建て替え工事になる可能性も排除されていません。しかしながら私たちは、京大当局が表明している通りに「現棟の建築物としての歴史的経緯に配慮する」べきだと考えており、耐震工事後の現棟がより望ましいものになるよう大学当局と協議していきたいと思っています。
もちろん、京大当局にも耐震工事のビジョンがあるならば、双方が落としどころを探るべきです。私たちは常に、京大当局との話し合いのなかで、より良い福利厚生のあり方をともに模索したいと考えています。しかし実際に現棟を運営・使用する当事者との話し合いを一切拒否し、京大執行部というごく一部の人間の独断で現棟の建て替えや敷地の転用を決めたり、現棟の運営形態を一方的に変更するようなことは、断じてあってはなりません。現棟は日本建築学会近畿支部や建築史学会から保存要望書が出される12など社会的注目が高いことを考えても、耐震工事の内容は公に議論されるべきです。実際に和解においても、京大当局が工事計画をHPに公開するということが約束されました。
4、京都大学当局への要求
以上を踏まえ、私たちは京大当局に対し、以下を要求します。
①従来の確約13に基づき、吉田寮自治会が現棟を含む全ての建物を引き続き自主管理・自治運営することを認めること。
②従来の確約14に基づき、現棟の建築的・歴史的価値を尊重した速やかな耐震改修を行うこと。
③現棟の耐震工事の内容や吉田寮の今後のあり方について、寮自治会との協議を速やかに再開すること。現棟耐震工事については京大当局内での検討状況について速やかに公開すること。
- 2019年2月20日:吉田寮の未来のための私たちの提案 | 京大吉田寮公式サイト ↩︎
- 基本理念 | 京都大学 ↩︎
- 180713少人数交渉について | 京大吉田寮公式サイト(補足資料1)、
現棟の老朽化対策に向けた話し合いの再開と現棟の継続的補修を求める要求書| 京大吉田寮公式サイト ↩︎ - 明け渡し請求訴訟の提起に先立って、2019年1月~3月に京大当局の申し立てにより、現棟・食堂に対し「占有移転禁止の仮処分」が執行されました。これにより吉田寮現棟に法的に居住権をもつ人が固定され、それ以降に入寮した寮生が現棟の居住権を法的に主張することができなくなってしまいました。 ↩︎
- 確約集 | 京大吉田寮公式サイト ↩︎
- 150212確約書 | 京大吉田寮公式サイト(項目1:「大学当局は吉田寮の運営について一方的な決定を行わず、吉田寮自治会と話し合い、合意の上決定する。また、吉田寮自治会が団体交渉を希望した場合は、それに応じる。」) ↩︎
- 120918確約書 | 京大吉田寮公式サイト (項目4~項目9) ↩︎
- 例えば京大当局による提訴の2か月前、吉田寮自治会は京大当局に対し、食堂の利用継続や現棟の継続的な維持管理を条件に現棟での居住を取りやめる妥協案を提示し、条件のすり合わせのための話し合いを求めました(2019年2月20日:表明並びに要求 | 京大吉田寮公式サイト)が、京大当局は一切の話し合いを拒んで提訴に踏み切りました(吉田寮現棟に係る明渡請求訴訟の提起について | 京都大学)。当時の京大当局に少しでも歩み寄りの姿勢があれば、現在の状況は6年半前には実現していたでしょう。 ↩︎
- 180713少人数交渉について | 京大吉田寮公式サイト(補足資料1) ↩︎
- 120918確約書 | 京大吉田寮公式サイト(項目2、項目3) ↩︎
- 吉田寮の今後のあり方について | 京都大学 ↩︎
- 日本建築学会近畿支部「京都大学吉田寮の保存活用に関する要望書」(2015年5月29日)、
建築史学会「京都大学学生寄宿舎吉田寮の保存活用に関する要望書」(2015年11月25日) ↩︎ - 960516確認書 | 京大吉田寮公式サイト(項目1)、
150212確約書 | 京大吉田寮公式サイト(項目1、項目6、項目12) ↩︎ - 120918確約書 | 京大吉田寮公式サイト(項目3) ↩︎