2017年12月26日:「吉田寮生の安全確保についての基本方針」に対する抗議声明

2017年12月26日

「吉田寮生の安全確保についての基本方針」に対する抗議声明

2017年12月26日

吉田寮自治会

2017年12月19日、京都大学の公式サイト上で、『吉田寮生の安全確保についての基本方針』(以下、「基本方針」)と題する文書及びそれの策定・実施の通知が発表され、さらに寮自治会と寮生個人宛にメールで「基本方針」の決定を通知する文書が送られた。「基本方針」は、2018年1月以降の入寮を認めないとし、同年9月までに現棟および新棟からの退去を求めている。さらに寮生個人宛に「基本方針」と同時に送付された通知では、その一方的に定めた退去期限を過ぎても居住し続けた場合、「不法占有」にあたるとしている。

今回の「基本方針」の決定及びその通知は、これまでの大学当局と吉田寮自治会の話し合いの積み重ねを無視しているうえに、寮生に無用な混乱と不安を生じさせている。吉田寮自治会としてこれに強く抗議し、速やかな撤回と団体交渉の開催を要求する。

以下、基本方針における具体的な問題点を列挙する。

「基本方針」の問題点

  1. 「基本方針」の策定は「吉田寮の運営について一方的に決定せず、自治会と話し合い、合意のもとに決する」とするこれまでの確約に違反しており、当事者との合意形成を放棄している。
  2. 「基本方針」の前文は、歴史的経緯を歪曲している。特に寮自治会と大学当局がこれまで現棟の補修について議論を積み重ねてきたことを無視している。
  3. 「基本方針」によれば、当面は誰一人吉田寮に入寮できなくなる。その間に寮を切実に必要とする学生の事情が何ら考慮されていない。また「基本方針」では、2015年7月以降5回にわたって出された入寮募集停止の要請を吉田寮自治会が無視しているかのように書かれているが、それは事実の曲解である。募集停止要請は決定ではなく提案であることは、当時の学生担当理事・副学長の杉万俊夫氏が確約で認めている。
  4. 「基本方針」で提示されている「代替宿舎」には何ら裏づけがない。
  5. 現在、吉田寮に住んでいる寮生を非正規/正規、あるいは修業年限という当局の定めた基準で分断し、住居の保障に関して差別化している。
  6. 「代替宿舎」の光熱・水道費が自己負担とされていることは、寄宿寮・光熱水費は低廉であるべきだと認めてきた確約に反する。
  7. 「基本方針」が作成され部局長会議を経て役員会で決議されるまでの議論の過程が何ら明らかにされていない。
  8. 個別寮生宛に送付した通知で、”18年9月以降寮に居住することは「不法占有」となる”と述べている。法的措置をもほのめかして退去を強要する恫喝であり、不当である。とりわけ法的により弱い立場にある留学生の状況を全く理解していない。
  9. 「基本方針」並びにその通知を保護者等に送付していることは、私的な関係を巻き込んだ形で寮生個人に負担を与える行為であり不当である。
  10. 大学公式サイト上での一方的な「基本方針」の公開は多くの人の誤解を生じさせうるとともに寮自治会・寮生個人への圧力であり、問題である。

1.「基本方針」は吉田寮の寮生に2018年9月末日までの退去を勧告する内容であり、寮生の生活と寮の運営に極めて重大な影響を与えるものである。それゆえに、当局が寮自治会と方針を巡って話し合うのは必須である。しかしながら、吉田寮自治会はこの方針の策定を行う場から排除されてきた。

従来、吉田寮自治会は団体交渉という形式で寮に関係する問題を大学当局と話し合い、解決を模索してきた。吉田寮自治会と京都大学当局が過去に結んできた確約(150212確約)の第一項目には「吉田寮の運営について一方的に決定せず、自治会と話し合い合意のもとに決する」と書かれている。今回の「基本方針」は明らかな確約違反であり到底認められるものではない。

現任の学生担当理事・副学長川添信介氏は、これまでの副学長と寮自治会との合意を無視し、職責を放棄している。2015年10月に副学長に就任して以降、寮自治会との団体交渉への出席を拒否し、寮生のみならず寮に関心を持つさまざまな人々が参加できるような大衆団交ではなく、寮側の少数の代表者のみとお互いに氏名・身元を明かしたうえで話し合う円卓会議での交渉のみしか応じないという姿勢を取っている。このこともまた、「吉田寮自治会が団体交渉を希望した場合は、それに応じる」という確約に違反する。

そもそも、吉田寮に関する問題の話し合いの場は現在住んでいる全ての寮生のみならず寮に関わりのある各人に対して開かれるべきであり、関心意見をもつ当事者を一方的に排除することは不当である。また、少人数の代表者が氏名・身元を当局に明かした形での交渉では担当者が不当な圧力を大学側にかけられる危険性もまた否定できない。今回の当局による「基本方針」は従来の原則を一方的に無視したものであり、当事者との合意形成の放棄であると同時に多くの当事者の声を切り捨てるものである。寮自治会は断固としてこれを認めない。

2.「基本方針」では、これまで寮自治会と大学当局とが積み重ねてきた吉田寮「補修」の議論の歴史が捨象され、まるで寮自治会が協力しなかったために老朽化が進展したかのように言われている。しかし事実は全く異なる。

まず「基本方針」で、京大当局は1970年代から吉田寮現棟の危険な状態を認識し、在寮期限を設定して、寮生の安全確保を実現しようと話し合いに努めた、とある。しかし当時、吉田寮自治会が建物の老朽化を問題視し、新自治寮の建設と当座の寮舎の補修を求めていたのに対して、行うべき補修をサボタージュして老朽化を引き起こし(このことは当時の学生部長も認めている)新寮建設に前向きに取り組んでこなかったのは大学当局である。

その後、2000年代初頭から寮自治会は吉田寮現棟の大規模補修を模索し始めた。2005年には大学当局との合意のもとで実際に耐震調査が行われ、現棟補修の設計を行うにまで至っている(この時は当局の予算の都合により施工には着手されなかった)。当時寮自治会は居住棟の一部を空け、補修工事に向け準備を進めていた。両者協力のもと補修が進められようとしていた事実は、「基本方針」では全く触れられていない。

次いで「基本方針」では、当局が2009年に「『吉田南最南部地区整備・基本方針(案)』で旧食堂を取り壊して新棟を建設した後に現棟を建て替える方針を示し」たとしている。あたかもこの方針の一環で15年に吉田寮新棟が建てられたかのように読めるが、明らかな誤りである。2011年から12年に吉田寮自治会は赤松副学長との間で老朽化問題について議論を進め、寮食堂(86年に食堂としての機能が停止し、多種多様なイベントスペースとして自主管理されている)は現在地で補修すること、その隣に木・鉄筋混構造の新棟を建設することが合意されるに至った。そして同時に現棟については、速やかな安全確保のために「補修」が有効であること、また現棟の有する建築的価値を認め、補修実現に向け協議を続けることが、文書の形で約束された。なお、当時吉田寮現棟よりも老朽化が著しいと言われていた寮食堂は、15年に無事補修が完了し、耐震性を確保した上で活動を再開している。

その後大学当局と吉田寮自治会は現棟補修方法の議論を開始し、14年に寮自治会は、法的側面もクリアしつつ現在の形を最大限保つ補修方法を提示した。これに対して赤松副学長は安全性が確保されるならば問題無いとした(14年2月)。更に翌15年、後任の杉万副学長との間でも議論が進み、15年3月の交渉で寮自治会が提示する補修案に学生担当副学長として同意するに至った。その後は大学当局内で現棟を補修することを確認し、調査・設計の段階に移るはずであった。

ところがその後突然交渉が開催されなくなり、補修の議論が進まない状況となった。同年7月に大学当局は吉田寮の入寮募集停止を発表(「要請」)し、半年ぶりに開かれた交渉の場で杉万副学長は「補修に反対している理事により団体交渉を止められている」ことを明らかにした。理事(の一部)は寮生の安全確保より他の利害関係を優先し、議論を差し止めるという強行手段が取られていたということである。

15年11月に就任した川添副学長に対しても、寮自治会は現棟補修を進めることを要求し、寮自治会の補修案へのレスポンスを求めた。しかし川添副学長は約2年間に渡り「検討中である」と繰り返すのみで実質的には何ら無回答であり、老朽化対策を棚上げにした募集停止要請のみが繰り返された。17年12月現在に至って出された「基本方針」でも大学当局は、現棟の老朽化対策については「検討を進める」としか述べていない。

以上の経緯から明らかなのは、吉田寮自治会と大学当局(赤松・杉万両副学長)が早急な老朽化問題解決のために現棟の大規模補修の議論を積み重ねてきたのに対し、この数年間大学当局はこれまでの議論や約束を反故にして、老朽化対策を遅延させ続けているということだ。「基本方針」はこの基本的事実を無視している。

寮自治会は、部分的・段階的に建物を補修し、寮生が居住しながらでも速やかに耐震性を向上させることができると主張してきた。このことを無視し、他の選択肢を捨象して「安全確保」のために全寮生の退去を必須とする「基本方針」は不当である。京大当局が真に学生の安全を守る責任を果たすならば、速やかに大規模補修に向けた議論を寮自治会と再開すべきである。

3.「基本方針」で大学当局は2018年1月以降の入寮募集停止を決定したとしている。しかしこれは現在の寮生やこれから寮を必要とする寮生の生活に著しい損害を与えることであり、入退寮選考を行う寮自治会との話し合いなく一方的に決定されてはならない。

「基本方針」において当局は「5回にわたって入寮募集の停止を要請した」と述べている。しかし、経済的不況が続き大学では授業料の高騰が続く中、吉田寮のような福利厚生施設の必要性は益々高まっており、当局が「要請」を続ける間にも多くの人が吉田寮を切実に必要としている。また一方でこれを考慮するような大学の新たな施策が何ら講じられない(例えば京大の全ての留学生寮の寮費が高額で、厳しい在寮年限があるという問題が何ら改善されない)状況下、寮自治会として安直に入寮募集を停止することはできないと考え、選考を継続してきた。

また寮自治会はこの「要請」(これが「勧告」などの類ではなく、当局からの「提案」にすぎないことは、最初に「要請」が出された15年7月に杉万副学長との間で確認している)に対して毎回、声明や質問状の形で返答を行ってきた。募集停止措置は現寮生とこれから入る学生の生活を脅かすため避けるべきであること、根本的な問題として吉田寮の老朽化対策を進めることが肝心であること等を説明し、話し合いを求めた上で、入寮選考を継続してきたのである。しかしこれらの説明に対して大学当局は応答せず、補修の議論もなおざりにしたまま、只々同内容の「要請」を機械的に繰り返した。この経緯を鑑みても、寮自治会が「要請」に従わなかったことは、強権的な入寮募集停止「決定」を正当化する理由とはならない。

京大当局が「基本方針」で認めているように吉田寮を必要としている学生は毎年増加しており、今回の当局の方針は来年以降、そうした学生から修学の機会を奪うことにつながりかねない。即刻撤回し、寮自治会との話し合いを行うべきである。

4.代替宿舎がどこのどのような施設であるかが全くの白紙の状態であり、何ら具体的な説明が与えられていない。また、方針通りに代替宿舎が確保できる予算根拠などの裏付けも明示されていない。仮に寮生が代替宿舎に移るとしても、今後の生活設計の見通しを非常に立てづらい内容となっている。寮生全員を対象とした在寮期限を定めておきながらこのような具体性の何らない代替施設を提示してくる京大当局は、学生の住居の保障に関して非常に無責任だと言わざるを得ない。

5.「基本方針」では、吉田寮退去後の寮生の住居の保障を差別化している。寮生が非正規/正規のいずれの区分に属するのか、あるいは修業年限を過ぎているかにより現在の吉田寮の代替宿舎への入居の資格の有無が定められている。資格のない寮生は本人の事情に関係なく4月までという短期間で家探しを強いられることになる。このような方針は非正規/正規の区別や在籍年数に関わらず平等に寮に住めることを認めてきた寮自治会と大学当局の議論とは大きく異るものであり、当局の一方的基準で寮生を分断するような「基本方針」は寮自治会として断じて認められない。

6.「基本方針」では、代替宿舎の寄宿料・光熱水費に関しても言及がなされており、光熱水費が寮生の自己負担とすることが明記されている。しかしこれは、従来の寄宿料・光熱水費に関しての、団体交渉における議論・その結果としての確約を無視している。これまで、吉田寮側・大学当局は、それぞれの負担区分に応じて光熱水費を負担しあっている。2015年に完成した西寮の場合でも、赤松副学長・杉万副学長は、西寮の負担区分に関しては団体交渉の場で継続協議を行うことに同意していた。現に、杉万副学長との間で寮自治会が結んだ150212確約では、西寮の経済負担に関して現行の負担区分を維持しつつ継続協議を行うことで合意した。同確約の項目15では、学生寮は福利厚生施設であり、寮生の経済負担はなるべく低廉であるべきだという理想も共有された。

しかし、川添副学長に代わってからの2015年以降、団体交渉が、川添副学長によって拒否され続けているために、開かれていない。そのため、現行の負担区分を維持しつつ継続協議として合意された西寮の経済負担をそもそも話しあうことができていない現状がある。

それにもかかわらず、今回、代替宿舎の光熱水費を寮生の自己負担とする大学当局の一方的な方針決定がなされた。この一方的な方針決定は団体交渉と確約によってつくられた建設的な議論の流れを無視している。さらにこれは150212確約でも合意された、学生寮の福利厚生施設としての理想を裏切るものであり、経済的事情に関わらず学生の修学を支援するという観点から見た場合、福利厚生の大きな後退と言える。寮自治会としては学生の経済的負担を重くするこのような方針は受け入れることができない。

7.今回の「基本方針」は吉田寮生全員の生活に関わる重大な事案であるのみならず、学内においても相当な規模の事務手続き及び予算の執行が必要になる事柄である。にも関わらず、具体的にいかなる場でこのような方針が作成され、どのような議論を経て決議されたのかについて何ら具体的な説明がない。さらに寮務担当である学生生活委員会第三小委員会にすら本件について情報共有が行われていない。このように、非公開のまま執行部の独断により、寮生の今後の生活、吉田寮の今後の在り方に関わる大事な議論がなされるなどということは断じて寮自治会として認めるわけにはいかない。

8.「不法占有」という文言がいかなる法的根拠に基づいての表現なのかが不明である。十分な説明もなく、吉田寮に在寮期限後も居住し続ける寮生には法的措置を当局が取ることを示唆しているとも取れるこの文言は寮生への恫喝であると言わざるを得ず、寮自治会として決して許容できない。

とりわけ現在吉田寮には多くの留学生が居住している。留学生が京都大学で学問を続けるためには、学籍だけでなく、滞在資格や査証など、入管法の厳しい条件をクリアしなければならない。このような境遇に置かれている人に対し、「不法行為になりうる」という脅しを掛けることは、断じて許されないことである。留学生の立場の弱さに付け込んだともとれるこの暴力は、学問の府であり社会的に道義的な責任も負っている大学の在り方として、到底看過できないものである。

京都大学は、「国際化を推進する」として留学生の受け入れ数を増やし、国際高等教育院・博士課程リーディングプログラムなどの教育機関を設置してきた。このような大学であるからには、留学生の置かれている状況、すなわち永住権や日本国籍を持たない者の社会的な立場の弱さを理解しておくのは当然のことである。

現在の国際社会状況の中では、高等教育を受けるために留学する者が数多くいる。その中には日本と、出身国や生まれ育った地域との物価の差から、大きなコストを支払って京都大学に通っている者も少なくない。学問に取り組むために廉価な居住空間など福利厚生を必要とする留学生は現在も多く、これからも増えていくだろうと考えられる。真に留学生の個別の事情に配慮するならば、「不法占有」という脅しを用いて吉田寮の居住を断念させる「基本方針」は認められないはずである。

9.通知では寮生の保護者等に「基本方針」の決定を通知することが記されており、通知を寮生に送付する以前に既に保護者等に送付済みだったことが明らかにされている。しかし、寮生とは異なり吉田寮の実情や大学当局とのやり取りに関して十分な知識があるとは限らない保護者等に、内容的にも多くの事実誤認をはらむ通知を一方的に送りつけることは、様々な誤解を生じうる。このことにより、自己決定を尊重されるべき寮生個々人が、様々な困難を被ることも当然予想される。私的な関係を巻き込んだ形で寮生個人に負担を与える行為であり、寮自治会として強く抗議する。

10.大学当局は当事者である寮自治会や寮生個人に通知を送るにとどまらず、京大ウェブサイト上に「基本方針」や関連する通知を掲載した。非常に大きな社会的発言力・影響力をもつ京都大学が公式サイト上で一方的な発信を行うことは、当事者との合意形成を蔑ろにして、内容的にも多くの事実誤認をはらむ「基本方針」を既定路線化することを意味しており、不誠実である。