文責:剣心先生の弟子
居合道
一 或るひと居合道を問う。子曰く、刀にて速やかに敵を討つ、之を居合と謂う。古の武士の皆修むる所なり。
【解説】
―ある人が、居合道とは何かと先生に尋ねた。先生「日本刀を用いて瞬時に敵を討ち取る技を居合という。かつての武士は皆学んでいた」。―
武士は最後の最後まで抜刀してはならない。しかし、それでも、敵に襲いかかられて戦わねばならない時に、初めて抜刀する。敵が斬りかかって来てから、こちらは動くのである。したがって、それに対処する動作は極めて迅速であることが求められる。
二 或るひと問うて曰く、何に依りてか居合道を学ばん。子曰く、先ず形、而る後、組太刀・試斬。形を学び、組太刀・試斬を為さざれば、則ち敵を斬ること能わず。組太刀・試斬を好み、形を学ばざれば、則ち古の技を失い、動作は粗雑。
【解説】
―ある人「どのように居合道を学んだら良いでしょうか」。先生「まずは形を稽古して、その後、組太刀と試斬を稽古しなさい。形を学んでも、組太刀や試斬を稽古しなければ、実戦では勝てない。組太刀や試斬ばかりを好んで稽古していたら、先人が作り上げた洗練された技を忘れ、乱雑な動作になってしまう」。―
無外流において、形(かた)と、組太刀・試斬とは車の両輪である。継承されてきた形を忠実に習得しつつも、常に実戦で勝つことが意識される。
三 子曰く、剣友の遠方より来たる有り、亦た楽しからずや。
【解説】
―先生「居合道を追究する仲間が遠くからもやって来る、なんと楽しいことではないか」。―
居合道を熱心に稽古していると、年齢、性別、国籍、職業などの枠組みを超えて、同じ価値を共有する人々と自然と結びつくことができる。これほど素晴らしいことはない。
形
一 子曰く、常に対敵動作を意識し斬れる居合であれ。
【解説】
―先生「常に敵の動作を意識して、実戦で勝てる居合を追求しなさい」。―
これは、無外流門下は心得として暗唱する一文である。対敵意識を失った形は、武道ではなく単なる踊りに過ぎないと、口酸っぱく指導される。
二 或るひと曰く、形時に理に合わず。我此れを変うべきか。子曰く、不可なり。先人、技を究むること三百年。形は其の産む所なり。豈に一剣士の管見、之に勝らんや。
【解説】
―ある人「形は時々非合理に思えます。形を変更して稽古しても良いでしょうか」。先生「だめだ。形は偉大な先輩方が300年かけて生み出したものだ。一人の剣士の浅はかな見解がそれより優れていることはありえない」。―
無外流の歴史は300年あり、その分の先人の叡智が蓄積されている。形は、一人の人間では到底辿り着けないほど洗練されている。そのため、その変更には慎重に慎重を期す必要がある。このような認識がある一方で、無外流は非常に柔軟な流派でもあり、上段の先生の間には、形を盲信してはならず、明らかな誤りは正すべしという気風がある。
三 子曰く、初段にして形を覚ゆ。二段にして技、益正確。三段にして、緩急を得る。四段にして、気迫現る。五段にして、敵を斬って気品有り。
【解説】
―先生「初段では、形をしっかりと覚える。二段では、形の細部までより正確に動けるようにする。三段では、形の動きに緩急がつけられるようになる。四段では、気迫が感じられるような形を習得する。五段になると、敵を斬る動きにも気品が現れて来る」。―
当然のことながら形は覚えて終わりでない。覚えた先には、果てしない形の追究が待っている。その中で、自分の個性が現れるようになり居合道の魅力をますます感じるようになる。
組太刀・試斬
一 或るひと曰く、組太刀に於いて、肝心たる所は何ぞや。子曰く、間合いを読み、後の先で斬るべし。
【解説】
―ある人「組太刀で重要なことはなんでしょうか」。先生「敵との距離を意識することと、敵の動作を待ってから斬りに行くことである」。―
組太刀は、形稽古で薄れがちになる敵のイメージを鮮明にするために、敵役を置き、撃ち合う稽古である。そこで肝心なのは、敵に適切に対処できるポジショニングを行うことと、敵の次の動きを確実に読んでから撃ち込むことである。
二 或るひと曰く、巻藁を両断すること能わざる所以は、力の足らざることか。子曰く、唯だ巻藁を両断せんとするのみに、力は要らず。
【解説】
―ある人「巻藁を両断できない理由は腕力の不足でしょうか」。先生「巻藁を両断するだけなら腕力などいらない」。―
試斬で上手く斬れない時に腕力をつけてしまえば、無理矢理に巻藁を切断することができるかもしれない。しかし、試斬の稽古の目的は日本刀の特徴を体得して、上手く扱えるようになることであって、巻藁が切断できれば良いわけではない。斬れない時には、振り方、手の内、体重の乗せ方など他の原因を探ってみるべきである。
京大居合道入門 Twitter: @knock_on_gate